卒業にあたって思うこと
卒業にあたって思うことは、学校の設備を有効活用すればよかったなぁと思います。特に学食とかフーズフーにもっと行きたかったです。
自分は、隣接校の日本工学院八王子専門学校から3年次編入したので一応4年間は学校の設備を活用する機会があったのですが、めちゃ仲良しな友達がいなかったり、無駄遣いが多いせいでお金がなかったりで学食やフーズフーに全然行きませんでした。
というか、4年間でお昼を食べようとした日がものすごくすくなかったですね。前から人が多いところ好きじゃなくて、学食とかお昼の時間、すごい人が多いイメージがあって勝手に避けてました。マジ後悔。
4年生になってからフーズフーの椿屋に行くことが増えたんですけど、多分10回くらいしか行けませんでした。4年間同じ場所に通って行った回数10回、少なすぎでしょ。
吉野家に関しては、行きませんでした。他のパン屋とかうどん屋?みたいなのも行ってないです。
あー悔しいー。もっと行きたかったー。
フーズフーや学食はあんまり行かなかったんですけど、図書館はよく利用しました。
主に、就活の時に面接で使ったり、なんか研究室にいたくない時に逃げてました。
プライベートルームが面接とか面談で使用する際にめちゃ使いやすくて最高でした。
作業する時も静かで集中しやすかったです。研究室でも十分集中できるんですけど、椅子の形が人を包み込むような形になってて、研究室と違い窓から外の景色が見えたので開放感があって研究室とは違った環境でなんか良かったです。
研究室のことについて
この研究室は、最初に研究室紹介の動画を見た時になんかよさそうだなって思って選んだ気がします。なんか良さそうって思って入ったら、他の研究室より忙しく、マジ人生で初めて何度も病みました。
3年で内容を決める際、三上さんがやってたログに興味持ってログについて取り組んできました。
三上さんはすごい面倒見が良くて、接しやすくて最高の先輩だったのを覚えてます。あんたに面倒見てもらってたのに、最後の方は自分がやることやってないことが多くなって、三上さんにバチボコ怒られたのを覚えてます。まじ怖かったです。迷惑かけすぎて、研究室で泣いたのも覚えてます。情けないっす。
でも、三上さんが卒業する時には頑張れって言ってもらい、マジ良い先輩だなってなりました。
三上さんのもとで取り組んだ創成課題は自分にとって、すごい良い経験になったと思ってます。
4年では、自分、こんなにメンタル弱かったっけ?って思うくらい病みました。地元の友達に何度も〇にたいって話しました。高校で厳しめの部活に所属してたので自信あったんですけど、今となってはメンタルの自信0です。ハハ
4年になってからは研究室を何度も休んじゃって、面倒見てくれてた小山さんにすっごい迷惑かけました。連絡して休むこともありましたが、連絡せずに休んだことの方が多かったような気がします。
そんな自分なのに、大丈夫ですか?と優しい言葉で自分を見捨てずに卒論やテクレポのサポートをしてくれた小山さんは親の次に感謝しきれない存在になってます。きっと
仕事をしながら、合間の時間で進捗の確認してくれて、メンタルめちゃ弱な自分を見捨てずここまでサポートしてくれた小山さん、ほんとありがとうございました。
あ、ちなみに、この研究室に入って良かったって思うのは、表現力とか相手に正確に伝えるための力がついたと思ってます。
そう感じる理由はテクレポや卒論の内容もそうなんですけど、地元の友達と話してるときに、変な表現したら「その表現、うちの研究室だったら詰められるよ」って言うことがめっちゃ増えました。全然気にならないような表現でも、ちょっと違うだけで意味合いが変わるのをこの研究室で特に学べました。日本語ってガチむずいですね。
まとめ
今までの人生、何もかもしっかりとした理由で選択してこない人生でした。大学も専門学校も高校も中学も部活も適当な理由で選んできました。
でも、どれも適当な理由で選んできたのに、どれも良い経験したなって記憶しかないんです。これは俺が頭お花畑なのか事実なのかわかんないですけど、ほんと今のところ良い人生だなって思います。
今後は学生という身分から社会人の身分になるってことで、自分が一番嫌いな言葉である「責任」がなんでもかんでもまとわりつく人生になります。マジ最悪です。ほんとに嫌です。
でも、それが大人になるってことなのかなとも思うので、甘んじて受け入れて生きていこうと思います。
もーきっと今後の人生でブログを書く機会なんてないと思うので、これが人生最後のブログだと思って無駄に長く書いちゃいました。少しでも自分を成長させてくれたすべてに感謝!CDSLお世話になりました!